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最高裁判所第一小法廷 昭和49年(あ)1161号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人手代木進の上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

所論に鑑み職権で判断するに、賍物であることを知らずに物品の保管を開始した後、賍物であることを知るに至つたのに、なおも本犯のためにその保管を継続するときは、賍物の寄蔵にあたるものというべきであり、原判決に法令違反はない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項但書により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(下田武三 藤林益三 岸盛一 岸上康夫 団藤重光)

弁護人手代木進の上告趣意

第一点 原判決は判決に影響を及ぼすべき重大な法令の違反があり、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

原判決は、第一審判示第一の事実について、被告人は土田智から賍物であることを知らずに物品を予り保管中、それが賍物であることの情を知るに至つたが、その後もそのまゝ保管を継続したにすぎず、その保管場所を変える等の積極的な行為をしていない場合においても、賍品の返還が不能であるとか、或は賍品につき質権が効力を生ずる等賍品を留置し得る権利が生じた場合を除いては、賍物寄蔵罪が成立すると解するのが相当であると判示し、被告人において右物品を留置し得る権利を有していたことは認められず、これを土田に返還することは極めて容易であつたのにこれを返還していないことが認められるので、右第一の事実につき賍物寄蔵罪の成立を認めた第一審判決には法令適用の誤りはないと判示した。

通説によれば、継続犯的性格をもつ賍物寄蔵罪と賍物運搬罪については、財物を受領するときに賍物であることを知らなくても、保管中または運搬中に賍物であることを知れば、それ以後の保管行為・運搬行為についてそれぞれ寄蔵罪・運搬罪が成立する可能性があると説き、但し、その返還の不能な場合又は質権等が効力を生じ占有する権限のある場合には寄蔵罪は成立せず、運搬行為を中止することが不可能の場合は運搬罪は成立しないと説く。しかしながら、運搬は物品を受取り、運送(場所的移動)し、引渡すものであり、そのいずれをとつても行為であるが、寄蔵は物品を受取り、保管(場所的移動なし)し、返還するものであり、受取と返還とは作為であるが、保管は不作為であり、一旦物品を受領した後はこれを返還するまで何らの作為を必要としない意味において作為と不作為の混合型態であるのだから、賍品であることを知らずに受領した後にそれを賍品であることを知つたというだけで直ちに返還の義務を生ずるとはいえない。本件の場合被告人は土田から賍品であることを知らずに物品を予り受取つただけであり、賍品であることを知つた後も置き場所を変えるとか、他人の目にふれない場所に隠匿するとかの作為をなしたわけでないのであるから、これだけで返還の義務を生ずるとはいえないのであつて、知情後の不返還という不作為を捉えて寄蔵罪に処することはできない。

なお、民法第六六三条第二項は返還時期の定めある寄託について「受託者は巳むことを得ざる事由あるに非ざればその期限前に返還をなすことを得ず」と規定するが、被告人は土田からこれらの物品を土田が結婚するまでということで寄託を受けたものであるから、返還時期の定めある寄託に外ならず、己むことを得ざる事由なき限り返還する権利もないのであつて、この意味からも知情により直ちに返還義務を生ずるといえないのである。この点に関し、原審は、被告人がこれらの物品を土田に返還することは極めて容易であつたのにこれを返還していないと批難するが、そもそも被告人は土田が居所不定のため保管場所がないという事情のもとに結婚するまで――居所一定するまで――保管場所ができるまで――との期限付きで予つたのであるから、期限未到来のうちは返還する権利も生じないと解すべきであり、返還不能の場合として寄蔵罪は成立しない。

右、いずれの理由によるも、原判決は法令適用に誤りがあり、この重大な法令違反は判決に影響を及ぼすべく、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

第二点 原判決は判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反する。〈以下略〉

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